思い出日記

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思い出日記



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11章

圭の兄、清は圭より10歳年長で満19歳である。圭は兄が親しい友人
四人で集まって、談笑しているのを見ているのが好きだった。
世間は戦争中であまり明るい話題も無かったが、兄たち若者は元気だった。彼らが集まると家中笑い声が絶えなかった。
圭は兄がよく遊びに連れて行ってくれた、あやめガ池や、宝塚の美しかったことなどを、よく覚えている。たまに優しそうな女性が一緒の事も
あったが、兄の恋人だったのかも知れない。
女性は、養子をとって実家を継いでいた姉が病死をしたため、家族や
親戚の人から妹である自分が姉の後をついで、義兄と結婚することを
勧められていると言う事だった。泣いている様だった。
兄は長い間考えていたが悲しそうに言った。自分はきっと戦争に行くことになるから、自分の生死は分からない。もし帰れない時は君をもっと
不幸にすることになるから、今は将来のことを無責任に約束することは
できないと思う。君の幸せだけを考えて欲しい、と言った。
圭はこんな時代に青春を生きている二人が可哀想だった。
その年の暮れ、昭和18年に兄に召集令状がきた。四人の仲間では
一番早い出征だった。


10章

火の車が回りだすと母は質屋通いをはじめる。
母や父の衣類を質に入れるのである。衣類を包んだ風呂敷
包みを抱えて、夕方になると出かけて行く。
一週間の生活は質素そのもので、父はお金の計算をしながら
使わないからこうなるのだと母を怒る。
確かに父も結構浪費家だが、母の使い方は、何を買ったか
解らないのにお金が消えていくと言う感じで不思議だった。
買った物や、使ったお金の計算をしている母の姿を見た事が
無い。お金のある限り使うのである。後年圭の収入だけで
生活をする事になった時、父が会計係りとなった。
圭は3年生になった。ある日母が、圭ちゃん済まんけど、
これを持って行って山田質店でお金を借りてきてくれへんか、
と言った。圭はドキッとした。母が山田質店の奥さんの
話好きに辟易していたようだったし、いつかこんな日が来る
ような気がしていた。圭にはもっと嫌なことがある。
質店には同級生がいるのだ。圭は母の懇願に負けた。
店の前で暫くウロウロしたあと思い切って入った。
同級生の母親が出てきて、あら!今日は圭ちゃんが来たん?
偉いねえ、勉強もようできるし、いつかうちの玲子に勉強を
教えてやってくれる?友達になってやってな。圭は恥ずかし
さで小さな声ではい有難うというと、渡されたお金も見な
いで、強く握り締めて走って出た。母ちゃんの馬鹿と心の中
で叫んでいた。

9章

ある日兄が親友だと言って本木という青年を連れて来た。
同じ職場で、同じ年齢でお互いに信頼できる存在だと言う。
良家の子息らしく物静かで、礼儀正しく兄と同じくらいハンサム
な青年だった。いろいろ話をしているうちに、圭の担任の
浜中先生の従姉弟だと解りみんなその偶然に驚いた。
浜中先生の家に圭は同じクラスの友人4・5人と行ったことが
ある。旧家らしく高い板塀に囲まれた、広い庭のある大きな家
だった。グランドピアノが光っていた。
弾けないピアノを弾いて楽しかったのを思い出した。
兄には他にも特に親しい友人が二人いて、本木さんを含む四人は
よく家に集まった。父の仲間達も相変わらず大勢でやって来て、
立花家は人の出入りの多い賑やかな家だった。
母も圭が入学してからは家を飛び出すという事は無くなった。
しかし、父は遊び好き、母は経済観念のない人で、給料日1週間
位前になると、家計は火の車になるのである。
父には結構な収入があり、兄も給料袋の封もきらず、父に渡し
そこから小遣いを貰うという誰もが感心するくらい真面目な兄が
居ると言うのに何故火の車なのか・・・・

8章

父は家族揃っての外出も好きで、しばしば家族を誘って喜ばせた。
こんな母だから父の遊びを、正面から非難する言葉を知らず、兄を
連れて家を出て行くのが、父に対する最大の抵抗だった。
何度か圭は置き去りの目にあったが、三日もすると二人は帰って
きて圭、ごめんね、と言う。
兄は14歳だからこんな馬鹿みたいな事はしたくないと思っていた
らしいが、母に懇願されるとついて行くしか無かったのだ。
大人の事情は解らないが不思議な現象だった。
何事も無かったような顔で帰ってきて、父も何事も無かった様に
受け入れる。変な夫婦だった。
圭が小学校へ入学した。淀川の土手の生母との別れから、5年の
月日が経った。勿論圭は今の両親を本当の父母だと信じている。
そんな事は考えたこともなかった。誰も本当のことは教えない。
父が何かの拍子に圭をからかって、圭は父さんが中ノ島の橋の
下で拾って来たのだと言う。この冗談はしばしば聞かされた。
嘘だと解っていても圭はこの冗談が嫌いだった。
だが今思えば父の冗談も、それを極度に嫌った圭の心境も全くの
的はずれでは無かったのだ。
その頃兄も住友電気に就職をして、以前のように遊べなかったが、
兄は圭の入学1年前から小学校の教科書を買ってきて教えていた。
お蔭で小学校に入学した圭は、1学年10クラスもある大きな学校
ででも、学力的に目立つ存在だった。

7章

香川県に生まれ幼くして両親を失った母は、全盲の祖母に育て
られた。家庭は貧しく祖母の手伝いのため、学校にさえ満足に
行けなかった。あちこちの百姓家の手伝いをして生活費を得る
境遇だったから、性格は消極的で、無学の為何事にも自信が持
てず自分を卑下していた。そのくせ単純に思い切ったことをする
ところがあった。
ある日、早く帰ってきた父が面白い映画をやっている言うから、
道頓堀へ行こうと言い出した。訊くと今日の昼間母と二人で
見てきたばかりの映画である。それなのに母は嬉しそうに、圭、
よかったな、早く行こ、という。
もう見て来たと言えば父が怒ると思ったのか、それとも楽しそうに
張り切っている父に悪いと思ったのか、母は嬉しそうに支度を
はじめた。圭も何も言えず黙ってついて行くしか無かった。
母にはどんな映画でも良かったのだ。
父に誘われて出かけるという事が、本当は嬉しかったのだ。
と圭は思った。圭の大好きな兄は友人のところに三日ほど行って
いて、一緒に行けなかったのは残念だった。

6章

三日目の朝、圭が目を覚ますと母が笑顔で覗き込みながら、
ごめんね、堪忍ねと謝るのである。圭はうん、と頷くと安心した
ように又眠りに落ちるのだった。
圭は不思議に思っていた。もう何度か同じ事を繰り返している母だが
いつも兄ちゃんは連れて行って、圭は連れて行ってくれない。
何故だろう。母が自分を連れて行ってくれない理由は、何故か
訊いてはいけない気がして、一度も訊いたことは無かった。
寂しく悲しかった。だがお兄ちゃんは大好きだ、いつも優しく
可愛がってくれる。母のこの行動の原因は父の遊び好きにあった。
ハンサムで優しくて気前の良い父は芸者たちによくもてた。
芸者相手にぱあっと遊ぶのが好きで、素人相手の浮気とは違う。
職場の仲間たちともよく飲みに出かけた。
母は父の遊び好きは、無学で父の話題についていけない自分の
所為だと思う一方、内心は怒りと嫉妬が渦巻いていた。
そうなると単純な母は前後の見境もなく家を飛び出すのだった

5章

仕事が終わると父と一緒に風呂屋に行く。決まったコースなので
着替えは持参しているがバスタオルは持っていない。
先に上がった圭は父の着替え用のシャツをバスタオル代わりに
使う。バスタオルはないけれど圭は父と風呂屋に行くのが好きだ。
それは必ず前の店でみつ豆を食べさせてくれるからだ。
店のおばさんも顔なじみで、圭ちゃんはお父さんが好きなんだねえ。
と笑う。圭はお父ちゃんっこだった。
だが後年、あの時バスタオル代わりに使ってしまって、かなり
濡れていたシャツを父は着たのだろうか。
一度も何も言わなかった父。圭は大人になった今でも悪い事をした
なあ。と気になって仕方がないのだ。
夕食は父の行きつけの料亭の座敷に上がる。
母たちがいなくなる度に来ているので圭もよく解っている。父は圭を
膝に乗せ美味しい料理を食べさせながら、自分は酒を飲むのである。
きれいに着飾った女性が三人入ってきて、踊ったり、父に酌をしたり
して笑いながら話をしている。圭の横にいた女性が、また奥さんが
出て行ったの?もう何度目かしらと言って笑う。父は笑顔で酒を
飲んでいる。彼女が圭に言った。今日から私が圭ちゃんのお母さん
だから一緒に帰ろうね。圭は大声で、違う!嫌だ!母ちゃんなんか
じゃない!怒りながら父の膝をたたいて泣くのだった。
解った解った、じゃあもう帰ろうか、おんぶをしてやろう。
圭は大きく暖かい父の背に負われて安心したように眠った。

4章

圭は外に出ると危険だということで、いつも船室に居らされた。
踏み台に上っても、やっと船室の入り口に首が出る程度で、甲板
にはどう頑張っても出られなかった。
大きな外国の貨物船の黒人のコックが、圭が可愛いといって高い
貨物船の甲板から大きなピザを投げてくれた事も度々あった。
夏には狭い船室が暑いので甲板に厚手のゴム板を敷き、家族四人
が川に落ちない様に、紐で数珠繋ぎに結んで寝ていた。
最悪の生活環境だったが、楽しかった思い出となっている。
圭が4歳になった頃、船の生活は危険だということで借家を
借りることになった。
そこが大阪市此花区である。その頃圭が目を覚ますと母と兄が
いない事がときどきあった。父は黙って仕事に行く支度をして
いる。母と兄のことを聞くとちょっと出かけたというのである。
今日は父さんといっしょに仕事に行こうという。圭は船が好き
なので訳が解らないまま父について行く。
船室で寝転んで本を読んだり、歌を歌ったりして父の仕事が終わる
のを待つのだった。

3章

その後圭が五歳の頃、尼崎の市場で偶然生母に会った。小遣いを
貰った記憶はあるが、これが生母との最後になった。
いま、圭に生母の面影の記憶は無い。
圭の養父は当時43歳である船会社に勤務していて、貨物運搬船を
一艘任せられていて、それは住居にもなっていた。
他にも同じ様な待遇で働いている仲間は多勢いて、彼等は父のことを
ボースンと呼んでいた。水夫長ということらしい。
生活環境は最低だが収入は結構あったようで、家族でよく道頓堀
まで出かけて行って、観劇をしたり食事をしたりしていた。母には
圭より10歳年長の息子がいて清と言った。両親は入籍していなくて
母と兄は野田姓、父と圭は立花姓だった。圭を養女にすることは
清の強い要望で兄妹が欲しかったようだ。
運搬船の船室は家族が住むには狭く、四人が並んで寝ると通路もない
ほどいっぱいだった。

2章

若い女性は悲しげな表情でもう一度圭を抱きしめると、おばさんと
一緒に何度も振り返りながら去って行った。
圭にも切ない気持ちが伝わったのか、母に強く抱きついてじっと
若い女性を見つめていた。彼女は圭の実母だったのだ。
おばさんは泣きのおばさんと呼ばれるくらいよく泣く人で、圭を
養女に出す世話をした人である。来月彼女が再婚をするので、圭に
逢わせる為に連れて来たのだった。昭和11年6月、大阪淀川の堤防
での切ない対面であった。圭二歳の記憶である。
圭の父はある商家の次男だったが、圭が生まれてまもなく結核で亡く
なった。二十四歳だった。
圭の祖母である姑は厳しい人だったようで、おとなしい圭の母は夫の
居ない婚家には住みづらく、一年経って婚家を出た。
婚家は出たものの、彼女には帰る実家が無かった。両親とは早く死別
し、相談する兄弟もなく途方にくれた。
幼児を抱えた資格も技術も無い人間が、生きていく事は容易な事では
なかった。見るに見かねた泣きのおばさんが、圭を養女に出すように
勧め世話をかってでた。つらく悲しい選択だったが、圭のためには
いいのかも知れないと考え、圭を手放す決心をしたのだ。

1章

穏やかな瀬戸内海に面した愛媛の小さな町から京都へ来て10年が
過ぎた。生活も落ち着き美しい京都の街にも馴れ親しんでほっと
する時、頭をよぎるのは幼い頃の思い出である。
京都に来るまでは愛媛県に住んでいたが、圭が生まれ育ったのは大阪
である。大阪市此花区、工場地帯のイメージがある。圭の最も古い
記憶は二歳の頃に遡る。圭は青々とした草原に座っていた。
さわやかな風が頬を撫で、初夏の柔らかい太陽の光が降りそそぐ、楽し
い筈の雰囲気なのに、自分を抱きしめてさめざめと泣く、若い洋服姿
の女性に戸惑っていた。
女性の長髪がさらさらと揺れて圭の頬を撫でた。
少し離れた所で和服の母と、もう一人のおばさんがこちらを見ながら
泣いている。不思議な光景だった。暫くして三人は泣き止みぼそぼそ
と何か話を始めた。話の内容は圭には理解できない。
圭は沢山のお土産をくれた若い女性は、きっといい人だろうと思った。
太陽の光線にきらきらと光りながら流れる淀川の川面を眺めていた。
貨物運搬船がゆっくりと川を下って行った。